2017/08
≪07  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   09≫
FC2カウンター
蝶が舞うリースの時計
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
お気に入り

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 
「デビィ&レイ」シリーズ、新作公開しました
明日はバレンタインデーということで、先にこちらで新作短編を公開いたします。タイトルは「バレンタインに薔薇を」。薔薇づくしの物語ですが、チョコレートは出てきません。HP公開は夜になります。

<シルバークロス・タウンのバー「シルバー・ローズ」。レイがバーテンダーとして働くこのバーに、一目見ただけで死に至るという青い薔薇の絵を持って私立探偵のケントが訪ねてくる。レイが知らずにこの絵を見てしまったため、デビィとレイは相続権を巡る事件に巻き込まれてしまう>(36枚)

また、後ほど改稿するかもしれませんが、その時はご容赦ください。

本文は続きからご覧ください。
 バレンタインは恋人たちの為の日、ということになっている。少なくともこの国ではそういうことになっている。だが、俺達には関係ない。それはもちろん俺の同居人が男だからだ。レイは並みの女が嫉妬するほどの美貌の持ち主だが、残念ながら女ではない。今の俺には恋人もいない。レイも相手が男だったという手痛い失敗をして以来、積極的に恋をしようとはしない。
 もちろん、ハンターに追われる身であり、ひとつところに長く留まることの出来ないことも一因ではあるのだが……。

「バレンタイン・ドリームです。どうぞ」
 優雅な仕草で、淡いオレンジ色のカクテルを俺の前に差し出したレイは、俺に軽く笑いかけると別の客のほうへ歩いて行った。彼は茶色に染めた髪を濃い赤のベルベットのリボンで結んでいる。
二月十三日、午後九時。シルバークロス・タウンの裏通りにあるこじんまりとしたバー、『シルバー・ローズ』。ブラウンを基調にした落ち着いた大人の雰囲気を持つこの店にレイが働き始めてから既に二年が経っていた。その日、俺はジーンズとGジャンに水色のダンガリーのシャツという仕事帰りのスタイルでこの店にやってきていた。

「おい、レイ。俺はこんなの頼んでないぞ!」
「それはレイのオリジナルなの。試しに飲んでみてくれない?」
 レイの隣で接客をしていたバーバラがそう言いながら、ウインクを送ってきた。彼女はこのバーのマスター、バーバラ・ウォルターズ。ゆるく波打つ長い薄茶色の髪をきりっと後ろに束ねた彼女は少し釣り目がちなヘーゼル・アイが魅力的だ。面長な顔に意志の強そうな唇。バーテンダーの服装がほっそりとした身体によく似合っている。彼女は独り身でありながら、施設から引き取った血の繋がらない男の子を我が子のように可愛がっている。
「そうだよ。あんたが飲まないんなら俺が飲んじゃうよ」
 言うが早いか俺のグラスに手を伸ばそうとしたのは、その男の子、クリスだ。短く切ったサンディブロンドに濃い青色の瞳。レイに負けないほど白い肌の彼は思春期真っ盛りの十三歳だ。
「こら! あんたにはまだ早いわよっ」
 バーバラがぴしりとその手を叩く。
「ちえっ。俺はもう子供じゃないぞ」
 羨ましそうに俺のカクテルを見つめるクリスの前に、氷がたっぷり入ったオレンジ・ジュースが置かれた。
「君はこっちだ、クリス。いらないんなら、俺が飲むけどね」
 レイは優しげにクリスに微笑む。
「仕方がねえな。レイが作ってくれたんなら飲んでやるよ」
 そう言いながら、クリスは嬉しそうにジュースのグラスに口をつけた。彼はもう一人で留守番をしても問題のない年だが、やはり一人は寂しいのだろう。時々、店にやってきては寝る時間になるまでバーバラのそばにいる。
 レイの創作したカクテルは何だか甘そうだが、俺は思い切って一気に飲みほした。予想に反して甘すぎず、フルーティでちょっと刺激的な味はなかなかのものだ。
「美味いよ。でも、俺にはちょっと似合わねえかな」
「よかった。お前がこのカクテルを飲んだ初めての客だよ、デビィ。代金はしっかり戴くからね」
「おい、ただじゃねえのかよ!」
 レイは俺の顔を見て、にやりとする。
「当り前だろう。客が金を払うのは当然のことだ」
 偉そうなこの言葉はクリスだ。
「いいのよ、デビィ。それはレイの給料から引いとくから」
 バーバラがそう言いながら悪戯っぽい笑みを浮かべると、レイはちょっと困ったように微笑みながらバーバラのほうを見た。
「それはないですよ、バーバラ」
「駄目よ、レイ。デビィはあなたの大切な友達なんでしょう? もっと大事にしなくっちゃ」
 よく言ってくれた、バーバラ。その通りだ。
「大事にはしてるつもりですけどね。何だよ、デビィ。その締まりのない顔は?」
 ちょっと不満そうに俺を睨むレイの顔を見ていたら、何だか無性に可笑しくなって余計にやにやしてしまった。
「いいじゃねえか。とにかく、このカクテルはいいよ、レイ。きっと売れるよ」
「ありがとう、デビィ」
「よかったわね、レイ。そのカクテル、私もとっても気に入ってるのよ。ああ、それからちょっとクリスを家に送ってくるわ。店を頼んだわよ、レイ」
「頼んだぞ! レイ上等兵」
 クリスの言葉にレイはすかさず姿勢を正し、敬礼をしながら答えた。
「かしこまりました。大佐殿」

 数分後、店のドアが開き、黒いサングラスを掛けた中年男が入ってきた。艶のない薄茶色の髪を肩まで伸ばし、無精ひげを生やしてくたびれたベージュのコートを着たそいつは黒いアタッシェ・ケースを両腕でしっかりと抱え込んでいる。大金でも入っているんだろうか。ゆっくりとカウンターのスツールに腰を下ろし、レイが目の前に立つと彼の顔を見ようともせずに、こう呟いた。
「マスターを呼んでくれないか?」
 挙動不審な男の態度にレイは少し表情を硬くして答えた。
「彼女に何かご用でしょうか?」
「用があるから来たんじゃねえか。早く呼んで……あっ!」
 男はレイの顔をじっと見つめ、驚きの声を上げてサングラスを外した。
「あんた、レイだろ? 俺だよ。私立探偵のケント・ジョークだ。いやあ、懐かしいな。元気そうでよかったよ」
「ケント……ああ、あの時の。マシューはどうしてる?」
「ああ。もうすっかり良くなって、今は地元でブティックを経営してる。マリーはまだまだ元気だよ」
「そうか。それはよかった」
 レイはふっと寂しそうな笑みを浮かべた。あの事件はレイにとっては決していい思い出ではない。
「実は、ここのマスターに大事な用があってね。いや、正確には息子さんにだが」
「マスターは今、自宅に行っているんだ。あと数分で戻ってくるよ」
「そうなのか。じゃあ、待たせてもらおうかな。ああ……すまないがトイレを借りるよ。レイ、このアタッシェ・ケースは大事なものなんだ。誰も手を触れないように見張っててくれ」
 そう言いながら、ケントは隣のスツールにケースを乗せて、席を立った。
 だが、彼の乗せ方が悪かったのだろう。アタッシェ・ケースはスツールから滑り落ちて床に当たり、蓋が開いて中から布に包まれた四角いものが外へ飛び出してしまった。
「ああ、しょうがないな」
 レイはカウンターから出るとそれを拾い上げたが、その際に布が外れ、下に落ちてしまった。それは小ぶりの額に入った絵のようだった。レイはこちらを向いているので俺には裏板の張られた額の裏側しか見えない。彼は拾い上げた額の表側をじっと見つめて小さく呟いた。
「青い……薔薇?」
 その時だ。トイレのドアから出てきたケントが大声で叫びながら走ってきて、いきなりレイから額を奪い取ったのだ。
「馬鹿野郎! お前、この絵を見たな!」
 ケントは絵を下に向けたまま床に置き、拾った布で上から覆い隠した。
 店に数人いた客がびっくりしてこちらを見ている。レイもまた呆然とした顔で、慌てた様子で絵をアタッシェ・ケースにしまうケントを見ていた。だが、突然、レイの身体がふらついたかと思うとその場に崩れるように倒れてしまった。
「レイ!」
 俺が駆け寄るよりも早く、ケントがレイの上半身を抱き起こした。レイは浅く息を吐き、眠っているようにみえた。
「ああ……。しまった。まさかこの絵を見てしまうなんて」
「おい、ケント! そいつはどういうことだ!」
「今はまずい。後で説明するから、他の客たちを……」
その時、バーバラが戻ってきたのだ。

 客が帰され、レイは奥の休憩室のソファに寝かされた。ほとんど息をしていないように見えるレイはいくらゆり起しても目を覚まさない。救急車を呼ぼうとするバーバラを何とか宥め、俺は放心したようにソファに座り込んでいるケントの胸倉を掴んだ。
「さあ、どういうことだ? レイはいったいどうなったんだ?」
「……絵だよ。あの絵は目にした者の命を奪ってしまうんだ」
「なんだって?」
 俺は胸倉を掴んだままケントを立ち上がらせた。
「それじゃ、レイは死んでしまうのか? 何とかしろ。もし、あいつが死んだら、俺はお前を殺すぞ!」
「……すまない。誰にも見せないように運んできたつもりなんだが……」
「救急車を呼びましょう、デビィ。それしかないわ」
 バーバラが携帯を取り出して、911を押そうとした瞬間、レイが微かな呻き声を上げて目を覚ました。
「ん……。あ、あれ? どうしたんだろう、俺は」
 レイは頭を押さえてゆっくりと身を起こした。俺はほっとしてケントの服から手を離した。
「よかった。大丈夫か? レイ」
「ああ。何だかあの絵を見た瞬間から一気に力が抜けたような気がして。すみません、バーバラ。ご迷惑をおかけしました」
「なるほど。あの絵は人間の生命エネルギーを奪ってしまうんだな。だから、レイの場合は助かったわけだ」
 バーバラはレイにコーヒーを持ってきて渡しながら、ケントのほうに目を向けた。
「それはどういうこと? レイは普通の人間じゃないの?」
 ケントはしまった、という顔で俺を見た。くそ、バーバラはレイの正体を知らないのに。ケントの奴、余計な事を言いやがって。
 レイはしばらく黙っていたが、やがてふっと溜息をついた。
「バーバラ。俺は人間じゃないんです。ヴァンパイアなんです」
 レイの言葉にバーバラは少し驚いたように彼を見たが、意外なことに恐怖の表情は見せなかった。
「そうだったの。ありがとう。本当のことを言ってくれて」
「俺は今日限りここを辞めます。ですから通報だけはしないでください」
「辞めることはないわ、レイ。今まで通り働いてちょうだい」
「でも……」
 バーバラはレイの横に座ると、優しく微笑みながらレイの手をそっと握った。
「温かい手だわ。あの子と同じ。……私が小さな子供の頃ね、隣に素敵な男の子が引っ越してきたの。私は毎日、その子と遊んでた。一緒に絵を描いたり、本を読んだり、野原で駆け回ったり。本当に楽しかった。彼のお母さんも優しくてとても素敵な人で、私が遊びに行くと美味しいパンケーキを焼いてくれたわ。だのに、ある日、隣の家から凄い悲鳴が聞こえたの。恐る恐る外に行って庭から覗いてみたら、銃を持った男達がその子と両親を引きずって出てきたの。彼らの胸には杭が刺さってた。その時、私は気を失ったらしいわ。後で隣の一家がヴァンパイアだったて聞いたけれど、私には彼らが恐ろしい化け物だなんて、どうしても思えなかったの。だから」
 彼女は握る手に力を込めた。
「何も心配しないで、レイ。私は誰にも言わないわ」
「ありがとう、バーバラ。信じていいんですね?」
「もちろんよ。ところで」
 バーバラは改めてケントを見ると訝しげに眉を顰めた。
「あなたは誰なの?」
 ケントは慌ててバーバラに向きなおった。
「失礼。バーバラさん、あなたの息子さんは施設から引き取られたのでしたね?」 
「そうよ。それがどうかしたの?」
「あなたの息子さんには痣がありませんか? 青い薔薇の形をした痣が」
「え……ええ。どうしてあなたがそれを?」
「本当はあなたに話してはいけないことなんですが、こうなったら仕方がない。詳しいことを説明します。その代りコーヒーを一杯、もらえませんか?」

 俺とケントはレイの向かい側のソファに腰を下ろした。ケントはコーヒーを一口啜るとおもむろに話を始めた。
「俺の名はケント・ジョーク。フリーの私立探偵です。この絵はある資産家の当主から預かったものなんです。何でもこの絵には若くして殺された先祖の呪いが掛かっているらしいんです。彼は財産争いの末に弟に殺されました。だが、自分が殺されることを予期していた彼は一枚の絵を描いていました。彼の胸にあった痣とそっくりな青い薔薇の油絵です。そして、今後、家を継いでいく者は青い薔薇の痣を持って生まれてくると遺言を残しました。彼の弟はこの絵を捨てようとしましたが、絵を見た途端に悶え苦しんで死んだそうです。結局、家は生前、兄と恋人の間に儲けられ、彼の死後に生まれた青い薔薇の痣を持った男の子が継いだということです。その後、この絵を見たものが次々と死んだので絵は封印されました。そして呪いが降りかかることを恐れて、青い薔薇の痣を持つもの以外は家を継ぐことが出来なくなってしまったんです」
 ケントはふうっと一息つき、コーヒーを啜る。
「それじゃあ、クリスがその家の息子だということ? そんな馬鹿な!」
「当主には若いダンサーとの間に隠し子が一人いたんです。しかし、彼女はある日、突然彼の前から姿を消してしまったらしい。風の噂では彼女はアルコール中毒で亡くなったということでした。当主は子供の行方が判らないことを気にかけてはいたのですが、仕事に追われて捜索まで気が回らなかったのです。ですが、最近、ようやく心にゆとりができた。隠し子ももし生きていれば十三歳になっていますし、ぜひ自分の屋敷に迎え入れたいと思うようになり、見つかったのがあなたが引き取ったクリスでした。で、彼が正当な後継者かどうか、絵を見せて確かめるのが俺の役目なんですよ」
「なんですって!」
 ケントはコーヒーを一気に飲み干した。
「この絵は正当な後継者だけは見ても死ぬことがないそうです。だからこの絵を見せれば彼が本物の後継者かどうか判るってわけなんです。本当は黙ってクリスにこの絵を見せなければいけなかったんですがね」
「なんてことなの……冗談じゃないわ! クリスはレイと違って普通の人間なのよ! 後継者だけが助かるなんてそんなこと、どうして判るのよ? 帰ってちょうだい、ケント。そんな危険なことは彼にさせられないわ」
「でも、もし彼が死ななければ、あなたには百万ドルが贈られるんですよ?」
「お金なんかいらない。それに彼が後継者なら私はクリスと引き離されてしまうんでしょ? 私達は普通に暮らしていきたいの! どうか放っておいて。私達の幸せを奪わないでちょうだい」
 バーバラの真剣な眼差しに、ケントは困ったような笑みを浮かべ、溜息をついた。
「そうですか。……まあ、それなら仕方がない。当主にはクリスの身体には痣がない。人違いだったと伝えておきましょう」
 バーバラはほっとしたように微笑んだ。
「そうしてちょうだい。ああ、それからもう今日は帰ることにするわ。後片付けは私がやっておくから、あなたはもう帰っていいわ、レイ。今日は大変だったわね」

 俺達は泊まるところがないケントと共にアパートに帰った。
「いや、よかったよ。もともとこの仕事は乗り気じゃなくてね。今のところ他に仕事がないから断るわけにもいかなくってさ」
「どうでもいいけれど、泊まる場所くらい確保してから仕事しろよ」
 俺はソファに毛布を掛け、応急のベッドを作りながら、ケントに文句を言ってやった。
 レイは帰ってきてから着替えもせず、ソファに座ったまま、テーブルの上に置かれた例のアタッシェ・ケースを睨み、何やら真剣な顔で考え込んでいる。
「まあ、いいじゃないか。たまにはいいだろ? それとも邪魔かな? デビィ」
「邪魔ってどういう意味だよ? 言っとくが俺達はただの同居人だ。変な勘ぐりはするな!」
「すまない。いや……でも、男であってもあんなに魅力的な同居人と長いこと一緒に住んでいて何事もないっていうのも凄いな」
「余計なお世話だ」
「何だかすっきりしないな。どうしてこんな方法を取らなきゃいけない? DNA鑑定をすれば済むことじゃないか」
 レイはアタッシェ・ケースの表面を指でなぞりながら呟いた。
「まあ、そうなんだがな。これは一種の形式的な儀式なんだと聞いていたし俺は呪いなんて信じてたわけじゃないから何事も起きないと思っていたけれどな。迂闊だったよ」
「ところで、その資産家って言うのは誰なんだ?」
「ああ、お前らにだったら言っても問題ないだろう。コンラッド・バクスターの一族だ」
「ITのソフト開発で有名なあのコンラッドか」
「ああ、祖先は森林開発で財を成した一族だ。三か月前に俺の事務所にコンラッドの側近のサイモンと名乗る男が訪ねてきてね。現在、十三歳の孤児で胸に青い薔薇の痣がある者を探すように頼まれた。ずいぶん探したよ。で、やっとバーバラが十年前に痣のある男の子を引き取ったことを突き止めたわけだ。サイモンに連絡を取ると、今度はその絵を持って奴がやってきた。で、俺に呪いの話をしたってわけだ」
「ふうん。ということは、コンラッド本人とは話もしていないんだな?」
「まあ、そういうことだ」

 その時、部屋に備え付けられた電話が鳴った。
 受話器を取った俺の耳に飛び込んできたのは、バーバラの悲痛な叫びだった。
「デビィ? クリスがいないの! 誘拐されたのよ!」
「何ですって? 警察には連絡したんですか?」
「それが置手紙があって、警察に連絡したら息子を殺すって」
 いつの間にか俺の横に来ていたレイが受話器をひったくった。
「バーバラ。落ち着いて。すぐにそちらに行きます」

「ケント。コンラッドには他に子供はいないのか?」
「いや。正妻との間に八歳の息子が一人いる。だが、彼には痣がないらしい」
「そうか。なるほど。ケント、たぶんお前には連絡が入るはずだ。恐らく、その側近はバーにスパイを送り込んでいただろう。お前がしっかり仕事をするかどうか確かめるために」
 ケントの携帯が鳴った。彼は話をしながら、こちらに親指を突き立ててみせた。
「街外れのオフィス・ビルにいるそうだ。クリスは無事だ。あの絵を持ってバーバラと二人で来いと言われたよ」
「一緒に行くよ、ケント。デビィと一緒にお前の車でバーバラの家に行っていてくれ。ちょっと確かめたいことがあるんで後から行くよ」

 四十分ほどしてレイがやってくると俺達はバーバラと共に指示のあったビルに向った。
 ビルの入口にはスーツを着た男が待っていた。俺とケント、そしてバーバラは男と共にエレベーターに乗り、最上階の一室に案内された。
 オフィスの中にはスーツを着た男が四名。そして正面の立派なデスクにはブラインドを下ろした窓を背にして黒髪をオールバックにした、目つきの鋭い痩せぎすの男が座っていた。
「ようこそ。おや、二人で来いと言ったはずだが、その方は?」
「こいつか? こいつは俺の助手だ。気にするな」
「クリスは何処なの? 早く会わせてちょうだい!」
 バーバラが男に近づこうとするのを男の一人が遮った。
「まあ、お待ちなさい。ケント、その絵をこちらに渡してもらおうか」
「その前にクリスを連れてこい。なあ、サイモン、これは誘拐だ。立派な犯罪だぞ!」
「気安く私の名前を呼ばないでもらいたい。お前は私が金で雇ったのだ。それにお前はもう、あの店のバーテンダーを殺してしまったじゃないか。共犯だよ、お前も」
 やはり、この男はバーにスパイを送り込んでいたのか。だが、どうやらそいつはレイが倒れたところまでしか見ていないようだ。
「あ……あれはわざとやったわけじゃ……」
「まあ、いい。おい、クリスをこっちへ連れてこい」
 男の一人に連れてこられたクリスは回転椅子に縛りつけられていた。上半身を裸にされ、ジーンズとスニーカーだけを身につけている。彼の胸にはちょうど正面から見た形の青い薔薇の痣があった。彼はサイモンを憎しみのこもった目で睨みつけた。駆け寄ろうとするバーバラのこめかみに、男が銃口を突きつけた。
「悪いが、痣を確認させてもらったよ。さあ、絵を渡せ。ケント」
 サイモンはそう言いながら、ケントに近付いてきた。ケントは男にアタッシェ・ケースを渡し、悔しそうに顔を顰める。三人の男が一斉に銃を構えた。
「大丈夫ですよ、皆さん。儀式はすぐに終わります。彼が後継者であれば何の問題もない。そうでしょう?」
 サイモンは芝居がかった態度でアタッシェ・ケースを開けると絵の額を取り出した。クリスの傍から男が離れる。サイモンはクリスの前に跪き、絵の正面を彼の顔に近づけるとゆっくりと布に手を掛けた。
「やめて!」
 バーバラの悲痛な叫びが部屋に響く。
「さあ、この絵をよく見るんだ、クリス」
 サイモンは布を外し、むき出しになった絵をクリスの顔に突き付けた。

 クリスはしばらく戸惑った様子でその絵を眺めていたが、やがて小さな声で呟いた。
「ええと……見たけれど、この絵がどうかしたの?」
 サイモンは慌てた様子で絵を裏返した。もはや、呪いのことなど完全に忘れているようだ。
「くそ! 貴様、この絵に何をしたんだ、ケント!」

「何をそんなに慌ててるんだ?ミスター・サイモン」
 突然、部屋の入り口から聞こえてきた声に振り向くと、そこにはレイが立っていた。
 男たちの一人があっと声を上げた。
「どうした? 俺が死んだと思ったのか。残念ながら俺はそんなにヤワじゃないよ」
 レイはにやり、と笑うとサイモンに向かってこう叫んだ。
「その絵にあんたが仕掛けた装置は全て外させてもらったよ。もう、あんたには逃げ場がない。諦めるんだな、サイモン」
 サイモンはすでに落着きを取り戻していた。
「仕方がないな。お前達、全員、始末しろ」
 間髪をいれず、ケントが銃を構えてバーバラに銃を突きつけていた男の腕を撃ち抜いた。バーバラはすかさずクリスに駆け寄って、彼の前に立ちふさがる。俺はバーバラに銃を向けた男を殴り倒し、残りの二人の男達の銃口が火を噴く間もないほど素早く、レイの鮮やかな蹴りが男達を襲った。
 逃げようとしたサイモンの足を掬うようにバーバラが強烈な蹴りを入れると派手な音をたてて奴はひっくり返った。 顔を顰めて立ち上がろうとする奴の携帯電話が突然鳴り出す。ふらふらと立ちあがったサイモンは放心したように発信者の名前を見ていたが、そのまま出ようともせずに電話を切った。

 パトカーがやってきて、簡単な事情聴取の後、サイモン達を連れていくと俺達はバーバラ親子を家まで送り届けてアパートに帰った。既に時刻は十二時を回っていた。
 レイは俺達が車で待っていた時、部屋を真っ暗にして額から絵を取り出し、装置を取り出したのだ。だからこそ、俺達は安心してあの絵をサイモンに渡すことが出来たのだ。ケントもバーバラもなかなか芝居が上手い。

「俺は暗くても物が見えるからね。バーで倒れた時、あの絵が酷く重かったし、覆っていた布が分厚くて妙につるつるしていたんで、遮光布じゃないかと思ったんだ。だとしたら光を感じるセンサーが絵の表面に仕込まれているのかもしれない。実際その通りだったよ。センサーが光を感じると装置が動き、内蔵された毒薬が気化し、絵の表面に開けられた細かい穴の部分から気体が噴き出すようになっていた。あの絵はサイモンが用意した偽物だったんだよ」
 レイはある事件で知り合いになった大女優グレース・アンダーソンの執事、マークに連絡を取り、コンラッドの携帯に直接、連絡を取って確かめてもらったのだそうだ。彼はグレースの古い友人なので、連絡を取ることは容易だった。
 その結果、コンラッドは確かに痣のある孤児の捜索をサイモンに頼んだが、彼がクリスを見つけたことはいっさい報告を受けていなかった。無論、コンラッド本人は見つかればDNA鑑定をするつもりでいたし、絵を使おうなどとは夢にも思っていなかったのだ。
「実際、呪いの絵は屋敷の地下室ではなくて、ある銀行のバクスター家専用の金庫室に厳重に保管されているらしい。いくら側近でもサイモンが無断で絵を持ち出すことは不可能なのさ」
 レイはシャワーを浴びてすっかりもとのゴールデンブロンドに戻っている。光沢のある薄いグリーンの絹のパジャマを着た彼をケントは興味深そうに眺めながら口を開いた。
「さっき警官が来る前にサイモンに吐かせたんだが、奴はコンラッドには内緒でクリスを始末するつもりでいたんだ。俺がクリスに絵を見せたら、奴の部下が死体を引き取りに来てバーバラに十万ドルを渡すつもりでいたらしい。彼が正当な後継者かどうかは関係なく、初めから殺すつもりだったんだよ」
「でも、バーバラが金を受け取らずに警察に連絡しようとしたらどうするつもりだったんだ?」
 俺の疑問にケントはさらりと答えを返した。
「そうなったら、バーバラも始末してしまえばいい。そして、俺もね」
 ケントは無意識にタバコを取り出そうとして慌てて引っ込めた。室内禁煙のことは覚えていたようだ。
「確かにな。しかしずいぶん回りくどいことをする奴だな」
「奴は自分の考えに酔っていたんだろうな。ある意味、絵の呪いを受けてしまったとも考えられるけどね。それにしてもコンラッドの奥さんはこの件に関わっているんだろうか。クリスが死ねば一番得をするのは彼女とその息子だし、サイモンは彼女の為に今度のことを計画したとしか思えないんだが」
 レイの問いかけにケントが答えた。
「まあ、細かいことはそのうち明らかになるはずだよ。レイ、もしよかったらコーヒーを淹れてもらえないかな」


 二月十四日。
 この日、『シルバー・ローズ』はバレンタインの夜を楽しむカップルで賑わっていた。
 
 夕方、俺はレイと共に店にやってきた。レイは店に入るとすぐに大きな赤い薔薇の花束をバーバラに手渡した。
「バーバラ、あなたは俺にとって恋人以上なんです。受取っていただけますか?」
「嬉しいわ、レイ。ありがとう」
 バーバラはレイから花束を受け取ると彼の頬に軽くキスをした。畜生。こういう洒落たことは俺は逆立ちしても真似できそうにない。その花束は今、大きな花瓶に入れられて店のカウンターを飾っている。 
 レイが発明したカクテルは好評だった。テーブルのあちこちでオレンジ色のグラスがきらきらと輝いている。
「レイ、俺の気持ちを受け取ってくれないか?」
 黒髪を長く伸ばしたハンサムな客がレイに真っ赤なバラの花束を渡そうとしている。
「ありがとうございます。ですが、私には恋人がいますので、申し訳ありませんが……」
 男は少しがっかりしたようだったが、
「構わないよ。その恋人に飽きたら、いつでも俺のところにおいで」
 と、無理やり花束をレイに渡し、何故か俺を物凄い顔で睨んで帰って行った。何やら勘違いされているらしい。
 俺は仲のよさそうなカップルを見ながら、つい溜息をついてしまった。
「どうしたんだよ、デビィ。お前にはレイがいるじゃねえか」
 クリスは俺の横に座ってにやにやしている。相変わらず生意気なガキだ。
「まあな。でも友人と恋人は別のものだ。お前みたいなお子ちゃまにはまだ判らねえかもしれねえがな」
「お、俺だってもてるんだぞ! この間だってクラスの女の子に映画に誘われたんだ」
「で、行ったのか、クリス」
「う……い、いや。断ったんだ。俺、これでもけっこう忙しいからな」
「いいか」
 俺はクリスの肩に腕を回すと小さな声で囁いた。
「女を落とすには押して押して押しまくることだ。消極的じゃあ、恋の機会を逃しちまうぞ」
「ちょっと、デビィ。クリスに変なこと教えないでよ」
 笑いながらバーバラが声を掛けてきた。
「そのとおり。クリス、デビィの言うことなんか聞いてるとただの女たらしになるぞ」
「ふん。お前みたいに男にもてもてになるよりはよっぽどいいじゃねえか」
「だからそれは言うな。いろいろ困ってるんだから」
「さあ、もう二人とも止めてちょうだい。今夜はバレンタインなのよ。男同士でも仲良くしなくちゃ」
 バーバラはそう言いながら薔薇のように華やかな笑顔をみせた。やれやれ、彼女の笑顔には誰も逆らえない。

 その後、コンラッドは莫大な慰藉料を払って妻と離婚した。八歳の息子は彼女が連れて出て行った。彼女が今回の件に関わったかどうかは未だに明らかにされていない。そしてコンラッドのたっての希望でクリスのDNA鑑定が行われ、彼の息子であることが正式に証明された。
 バーバラとクリスは屋敷に招待され、コンラッドと話し合いの末、クリスは二十歳になるまでバーバラと共に暮らせることとなった。クリスに支払われる養育費はバーバラが断ったが、コンラッド側は要請があればいつでも支払うつもりでいるらしい。
 
「子供はいつかは親から離れていくものだもの。彼が幸せになるのなら、私はそれでいいと思ったのよ。だから、クリスが私の家にいる間は、全力で彼を愛して守ろうと思っているの」

 レイは相変わらずバーバラのもとでバーテンダーを続けている。
 ケントは何が気に入ったのか判らないが、近いうちにこの街に事務所を移すつもりだと言っていた。
 結局、本物の青い薔薇の絵が本当に人を殺すものかどうかは謎のままだ。だが、それでいいのだろう。解明できない謎があってこそ、世の中は面白いのだから。

――END
スポンサーサイト


 
Secret
(非公開コメント受付中)

感想
 まあぷるさん、こんばんは。
 「バレンタインに薔薇を」読みましたので軽く感想などを。
 今回はハンターがでてきてバトルを繰り広げるお話ではないんですね。バレンタインデーらしく、親子愛やいつもの同〇愛(笑)、普通の恋愛も盛り込んで愛がたくさんのお話ですね。たまにはこういう雰囲気のお話もいいんじゃないかと思います。
 毒の噴霧機構が面白かったのですが、ちょっと気になったのは、絵に仕込まれていた毒は何回分仕込まれていたんだろうか?ということ。レイで一回使っちゃってるから、装置を外さなくても不発だったんではないかという気がしなくもないです。暗⇒明の変化で一回分だけ噴霧するという風になっていたのかな。
 デビィの「女を落とすには押して押して押しまくることだ。消極的じゃあ、恋の機会を逃しちまうぞ」というのが何気に身にしみました。


いつもありがとうございます。

>今回はハンターがでてきてバトルを繰り広げるお話ではないんですね。

そうなんです。ですから、バトルが読みたい方には物足りないかもしれませんね^^;
愛がたくさん(笑)。確かにそうですね。バレンタインということでレイもデビィも満身創痍にならない、おとなしめの話になっております。

>ちょっと気になったのは、絵に仕込まれていた毒は何回分仕込まれていたんだろうか?ということ。

ですね。ここは特に説明は書かなかったのですが、レイで一回分使ってしまったことはサイモンも知っていたので、少なくとも二回分は入っていたということです。機能としては暗→明で一人分の致死量が噴き出すという感じでしょうか。

>デビィの「女を落とすには押して押して押しまくることだ。消極的じゃあ、恋の機会を逃しちまうぞ」というのが何気に身にしみました。

あはは^^; 八雲さんも頑張ってくださいね^^

それから、もしよかったら、作品の最後にある一言感想にポチしていただけると、嬉しいです^^

ありがとうございました。



リンク
ブログ内検索
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。